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三十路のナ・イ・ショ

ここに、少し古い日記があります。
大学4年の終わり頃のものなんですが…当時の私の苦悩とか
恋とか恋とか恋とか、いろいろ書かれてます。

あの日々が蘇って来るようです。
とくに切実に書かれているのは、1999年1月28日の日記。
浦安の某リゾートホテル裏の海岸から見た夕陽のイラストが描いてあります。

そう…当時の私の思い人、Sちゃんと一緒に見た夕陽。
いやらしい意味ではありません、念のため。

当時の私たちは、大学のクラスメート。
彼女は私より4つ年下でした。それだけに、お互い遠慮が無かった。
Sちゃんには何でも話せたよなぁ…とか思ったり、私たちが4年間を
過ごした浦安の街を思い浮かべたり。
私も20代後半に差し掛かったあたりで、まだ若かった。変な意味じゃなく。
何もかもが懐かしい。

1999年1月28日というのは、要するに「さよならデート」の日です。
Sちゃんは北陸地方の人です。
大学が終わったら、故郷に帰るわけです。

大学は、1月半ばでほとんど講義も試験も終わり、3月下旬の学位記授与式を
待つばかりでした。
地方から出て来ている人は、ほとんど故郷に帰ります。
Sちゃんとて例外でなく。

中には東京で就職先を見つけて、こちらに留まる人もいるのですけど
Sちゃんは帰郷しました。
私に彼女を引きとめる力が無かったから。
当時の私は既に病に侵されて長かったから、卒業したって就職のあても無く。
(結局2003年までふらふら。駄目な私)

好きだけじゃ、幸せにはなれないのです。
そんな事、頭では理解していたのに、受け入れられたのは割と最近。

春になったら、もうSちゃんはいない。
彼女が去っていった浦安の街なんか見たくない。
春なんか来なければいいのに。
そんな事ばかり考えていたっけ…。

1999年1月28日にSちゃんと一緒に見た夕陽が、とても悲しかったとみえて
イラスト入りの日記になっているわけです(おセンチでキモいとか言うの禁止)。
それから数日後、彼女は故郷へ帰っていきました。

数箇月は連絡を取り合っていたのですが、やっぱり物理的に距離が
離れると、心も離れていってしまうものですね。
間もなく連絡は途絶えました。

あれから10年近く経ちますが、あの頃のSちゃんの表情や口調は
今でもはっきりと記憶に刻まれています。

若かった…というより年齢の割には精神的に幼かった頃の甘酸っぱい
思い出に浸ってみました。


余談ですがSちゃんが帰った丁度その頃、テレビでは
「おジャ魔女どれみ(無印)」(YouTube)
の放映が始まったことになります。
あの頃はテレビアニメなんか観ない堅物だった私には、知る由も
ありませんでしたが。

ついでにもうひとつ余談。
「も~っと!おジャ魔女どれみ(2001年)」のビデオを観ていて、西澤先生
キャラクターデザインがSちゃんにそっくりで笑った。
懐かしいよ、西澤先生。ありがとう。
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Author:cure misoji
永遠の三十路(cure-misoji)
狡猾・残忍・獰猛
四十がらみ的な生物
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