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本当は同じくらいヤバイから


最近、私が考えてることをひとつ。
はじめに断っておきますが、これは憂鬱記事です。
読んで不快になる可能性があるので、ここから
下を空けておきます。















率直に言って、今私が考えていることは、


生きたい!!


ということです。

私は過去、自らを殺めようとしました。
助かったから、これを書いているのですけど。
何故そんなことをしたのか。
人生に絶望したからです。

「やって」しまう時というのは、自分と係わりの
ある人々が悲しむとか、そんな事は考えないものです。
ただひたすら、この現実世界から逃げ出したい一心で
「えいっ」
とやってしまうものです。

それはまあ、病気・・・というのもあるのでしょう。
いい加減、病気に怯える日々が嫌になったということも
あります。
薬漬けで事務所をクビになった、どこぞのタレントさんも
同じ状態かもしれません。
まず、まともな精神状態でなかった事は確かです。

この話を、去年だったか、数年ぶりに会った
かつて親友と呼んだ悪友に話しました。
彼は、
 「わかるよ、そういうの。俺だって・・・」
 「でも、心の病なんてのは所詮、気の持ちようさ。
  俺は認めない。」
 「そんな事で、10年後、どうやって生活するんだ?」
と言い放ちました。

彼が、私の知らないうちにどういう人生を歩んで
来たかわかりません。彼なりに苦労してきたであろうし、
武勇伝も聞かされました。

考え方は人それぞれだし、私は彼の言う事を否定も
肯定もしません。(当時の私は反撥したのだけど、
正論な部分も多いと思う)

それなのに、私は凹みました。
何故?
私が弱いから。
将来に不安を抱いたから。

彼の言う事は当たり前の事で、私もわかりきっている
つもりでした。
なのに、凹んだ。
自分を否定した。
「あの時」、死んでしまっていれば・・・とさえ
思った。


話が戻りますが、「やって」しまってから
1箇月経たないうちに、私の身体に腫瘍が見つかり、
手術せねばならなくなりました。
医師の見立てでは、たぶん良性だろうとの事。
しかし、いざ摘出してみると意外な大きさだったそうです。
「良性だろうけど、一応検査してみる」
という医師の言葉に、私は震え上がりました。
そう、「死」を恐怖したのです。

悪性→苦しい闘病生活→死

そんな事が、頭の中を駈け巡って夜も眠れないくらい。
「やって」しまったのだから、「死」など
怖くないはずなのに。
私は、心の底から強く思いました。


生きたい!


生命への欲望の炎を、狂おしくかき立てられた。
心の底に囁かれる「死」の宣告。
この世で、これほど恐ろしい事があるだろうか。

片腕、片脚が無くなってもいい。
どんな形になっても、生きていたい。
この世に存在していたい。

結局、検査結果は「良性」だったのですけど、この
事件をきっかけに、私は正気に戻りました。

回りくどくなりましたが、何が言いたいのかと
いいますと、

「生きていれば苦しい事は多い。良い事が一つあると
 したら、苦しい事は10も20も、いやもっとある。
 でも、全ては生きていてこその事。
 苦しむ事も、楽しむ事も、生きている証」

ということです。
どんなに落ちぶれたって、生きていなけりゃ
ありえない事です。

また、なかなか気づきにくいことですが、自分の
知らないところで自分が必要とされていることが
多々あるということです。
「まさか、あの人が・・・」
それも、案外一人や二人ではなかったり。
驚くこと、間違いない。

それらのことに気づいてから、私は更に

生きたい!

と思うようになりました。
また、精神的に楽になりました。

悪友の言うように、10年後、自分は
落ちぶれて、生きる気力を無くしているかもしれない。
でも、生きてさえいれば、挽回は出来る。
人間、そんなに弱いものじゃない。

ここまで読んでくださった貴方、不快にさせて
しまってごめんなさい。
これはあくまで、自分に言い聞かせているような
ものなので、許してください。

以上、私の強がりは終了。
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いえいえw

まゆきさん、こんばんはです。

>こういう私でも、少しは存在していいんだ
大いに存在していてください。
ただの日記でも、見てくれてる人は必ずいますし、まゆきさんを必要としてる人もちゃんといます。
そういう人たちのためにも、生きていてくださったら嬉しいです。・・・って、私が言っても説得力がありませんけれど。。

お父様と気が合うのなら、話だけでもきいてもらうといいかもです。孤独にならないのが大切なような気がします。

「頑張って」じゃなくて、「その状態を維持して」ですよね。。

そういう台詞がありました

ガンダム種で、「生きる方が戦いだ」という台詞がありました。まさにそうです、こんばんは。

自分の結論はブログに書いてまいりました。
大変ご心配をおかけしました。
幸い私は個人部屋なので、嫌になれば逃げ込めます。
自己防衛をしながら、次の段階に備えます。

でも今回の件ほど、見る人は見てるんだなぁと感じたことはないです。独りよがりの日記にも、バカにみえる足掻きでも、こういう私でも、少しは存在していいんだと、思えるようになりました。
……本当は家族の中にも味方になってくれそうな存在(父)がいるにはいるみたいなんですけど、母と真っ向からやりあっても敵わんというか……話がかみ合わないので……ちょっと意味は違うけど、自分の足で立つしかないみたいです。

まあその前にちゃんと仕事しろ、ですね(苦笑)
点滴もうってきたし、明日ぐらいはちゃんと朝に起きたいです。

生きることは、

ときに、死ぬことより難しい・・・。とよく聞きますが、死ぬことは難しいです。

というわけで御飯さん、こんばんはです。
こんな鬱記事にコメントくださり、ありがとうございます。

御飯さんにも、つらい時期があったのですね。14歳でそこまで考える人はあまりいないかも。。大きな人間になってください。

>気丈に日常を過ごしている友人がいましたから、その人に憧れて
私にも、そういう憧れてる人がいます。ブログを続けていられるのも、その人のおかげだったり。。

>自分の弱いところを見せたくなかったから
弱いところを見せても、動じない友だちって大切ですよ。まあ私の弱いところを見たら、大抵の人が離れていきますけど・・・。

>三十路さんならきっとわかってますよね
いやまあ、わかってるような、わかってないような…(^^;
年齢を重ねると、感情をストレートに出せない事も多いのですけど、たまには泣いたり笑ったりしてもいいんですよね。
すべては生きている証、そう思うと気が楽になります。

生きましょう

私は生まれてまだ10数年ですから人生経験もあまりないんですけど、三十路さんの気持ちは(全てではないですが)わかります。

私も、通常の人間と少し「ずれている」部分がありますから、それを理由に陰口やらいじめやらにあったこともありました。
その当時、私も弱かったですから(今でも弱いですけど)本当に悩みました。
でも「死」も怖くて何も出来ない、できることは「自分を無くして生活すること」だけでしたので、本当に辛かった時期がありましたね。

でも、私も友人を見て「頑張ろう」って気持ちになりました。
同じような性格なのに、気丈に日常を過ごしている友人がいましたから、その人に憧れて今のように生きています。
くじけそうな時には強がりばっかり言いました。
自分の弱いところを見せたくなかったから。
それといつも思うようにしているのが「生きることは罪じゃない」と言うことです。当たり前ですけど(苦笑
何かを求めて生きるのは罪じゃないんですから、思いっきり生きてやろうと考えてます。
まぁ、時にはネガティブになってそれを忘れてしまうこともありますけど。

強がり言ってもいいんですよ。
強がりを言えるっていうのも生きている証拠です。
自分が「生きている」ことを確認することも大事ですしね。
泣きたい時は思いっきり泣けばいいんですし。
嬉しい時は思いっきり喜べばいいんです。

今回の記事のようなことを思っているのは三十路さんだけではないはずです。

ってなんか齢14歳の若造が当たり前のことを偉そうに言ってすいません・・・
三十路さんならきっとわかってますよね・・・ごめんなさい。
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Author:cure misoji
永遠の三十路(cure-misoji)
狡猾・残忍・獰猛
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