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母校は遠くになりにけり


ごめんなさい、他ブログさまの記事を見て
パクってしまいました。

なんだか無性に母校が懐かしくなったもので。

私が卒業してから10年近くがたちます。
当時は私も20代後半にさしかかったくらいで
若かった。
そして弱かった。

母校のサイトを見て、すっかり様変わりしたのに
驚いた。学部が増えてる・・・。

私の専門は「日本語教育」「日本語の表現」でした。
日本語教師への道を断念した苦い思い出も、今は
記憶の彼方です。
夢を諦めた代わりに、別の方向に道が拓けました。

その道も、先は見えませんが・・・。
きっと何とかなるでしょう。
どんなに辛いことがあっても、「笑い」を忘れてはいけない。
まだまだ「勉強」は続いているような気がします。

私は、第二部(夜間)在籍でしたが、現在の母校は
第一部と第二部の区別が無いらしい。
二部でも私は歳を食っているほうでしたが、年上の級友も
多くいました。ちなみに全員女性。

もともと女系学科でしたが、講義によっては受講生
15人のうち男性は私ひとり・・・なんてのもありました。
それでも級友たちは、性別や年齢を超えて私を
受け入れてくれて・・・良い時代でした。

中途半端に日本語の研究をしたため、卒業後
しばらくは他人様の使う日本語が気になって
仕方がなかったものでした。

「正確な文法」
「適切な語句」
「日本語の伝統」

そういうものに縛られていた感じでした。が・・・
ブログというものを始めて、いろいろな方の文章を
読む機会が増えると、考え方にも変化が。
文章の表現というのは、私が思っていたような
枠に収まるほど単純なものでは無かったのです。

ブログというのは、読まれることを前提とした日記です。
私がくくっていたような枠に当てはまる文章だけ
書いていてもいいのですが、それだと陰鬱になりがち
(私の性格にもよりますが)だし、書きたいことの
真意が伝わりにくいことに気づいたのです。

かくして、私がかつて忌み嫌っていた表現も
抵抗無く使えるようになりました。
恩師から見れば、それは「退化」かもしれないですけど、
変化し続ける「日本語」というものに対応
出来ているとも言えます。

・・・・・・

こんなことを書いていると知ったら、卒論担当教官
だった教授は、どう思うだろう・・・。
「○○さんは融通がきかなくて、病弱」とか
思われていたに違いないから、きっと喜んでくれるはず。
いつか自分に自信が持てる身分になれたら、恩師に
会いに行こう。

母校のHPを見て、甘くせつなく、ほろ苦い
思い出にひたりつつ、今日一日も頑張ろう。
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Author:cure misoji
永遠の三十路(cure-misoji)
狡猾・残忍・獰猛
四十がらみ的な生物
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