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鬱病と青空と

気晴らしに行った古物店で投げ売り状態のほむらさん保護。
しかし、心の中はどんよりと曇って…

以下、弱音・愚痴注意



今日は、父上を心療内科に連れて行きました。
ワシがかかってる医院ではなく、別の。

ほぼ毎日、とくに夕方に精神的と思われる不調を訴える父上。
言葉では表現できない、居ても立ってもいられない不安と不調。
最近は、呼吸が苦しいなどと言い出していて、このままでは家族全員参ってしまうと思っていました。

ワシのお世話になっている薬剤師さんに相談してみると、どうも鬱状態なのではないかと。
癌患者さんは、こういう不調を訴える方が多いのだそうです。

本人には言いませんが、はっきり言ってもう疲れた。
ストーマ交換だの通院だの、全部ワシが背負っていて、さらに心療内科の通院という事態。
(お見舞いのお返しを、IY堂のギフトコーナーへ行って送って来てくれとか雑用くらいはしょうがない)

投げたらアカンと思うし、ワシしかオヤジを助けられないと思うし、これまで苦労をかけすぎた
自責の念もあるし。頑張るしかないと、強がってはいますが…

たった3ヵ月やそこらで音を上げるなど、片腹痛いわ!と思われそうだけど。
ときどき、もうどうでもいいやって思うことがあるのです。

資金援助のため、一生懸命働いてる兄夫婦には、こんなこと言えないよなぁ。。

心療内科医は、ワシと父上の話を聞いて
「鬱状態です。鬱「病」とまでいっているかどうかはわかりませんが」と診断。
抗不安薬(レキソタンのジェネリック)と、抗鬱剤が処方されましたが、薬を飲んだからといって
劇的に改善するとは思えません。鬱病はそんなに甘くないと思いますので。

幸い、大変優しい感じの若い医師だったので、ここなら父上を任せられると思いました。

「頑張って」が禁句なのは有名ですが、他にも気を遣うことだらけでしょうな。。
今日も夕方、早速とんぷくの抗不安薬のお世話になる始末。
薬の飲み方を、監視していないといけないな。。

昔の、あの強かった父上はもう戻らないのだろうか。


1988(昭和63)年春、懐かしいですなぁ。
中学を卒業させてもらったはいいけど高校進学など出来ず、でも鬱にはならなかった15の春。
5月には、母上を病院に担ぎ込む事態に。
瀕死の糖尿病でした。あれから25年以上、病気と戦ってる母上が、我が家では一番強いです。

母上が入院していた8月下旬までに、ワシが信じられないような成長を遂げた…と思われました。
しかし定時制入学2年目の1991年夏、ワシもまた倒れ、母上の入院していた病院に1ヵ月入院、
その後も数回、入退院を繰り返す地獄を見ることに…
あれから不安障害が治らないワシ自身に対する嫌気も、さしてきているのかもしれません。

今回も、あの二の舞を演じなければ良いのですが。
火事場の馬鹿力など、何年も持たないことはわかっているはずなのに。
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こんにちはー

>あささん

いえ、外出のお伴もかなり疲れます(^_^;)
どうも、足腰がすぐにきてしまって…気疲れもしますしね、とくに病院関係は。

外出先で具合が悪くなってしまうのは、怖いですね。
どうしても、引きこもりがちになってしまいます。
私の場合は「慣れ」だと思うので、常に外出慣れするように心がけています。

でも、そういう外出も出来ない方がいるのは、よくわかります。キツイときはキツイですから。
私も、外出するときは心の準備が必要なので(近場は大丈夫だったりしますが)、なかなか難しいです。

出来ないとは、なかなか言えないですね。。
やれって言う方は簡単ですが、本人にとっては切実ですから。

とにかく、ハッピネスをチャージして弾切れにならないようにしないといけないと思います。キモヲタ趣味でストレス解消になるのなら安いもんだと、オヤジも言います。

あささんにも届けハッピネス!
(ジュエルボックス買ってね~(ルビー

ユキヲさん

一応、掲載はしないですが、ありがとうございます。
思っていることを話してみました。
わかってもらえたので、よかったです。

m(_ _)m

こんにちは三十路さん。

私の両親も高齢です。家族の通院や買い物に付き添います。きっと三十路さんもお供すること事体は嫌じゃなく嬉しいのだと思います。

私は外出することが怖いです。先日も病院で付き添い中に症状が出て困りました。帰宅後もぐったりです。

外出も気持ちを準備しないと突然では難しいです。忘れてたとかで急に出かけるとなれば喧嘩してしまいます。

家族でも私が何故苦しんでいるかは解ってもらえません。車で送っていって待っているだけぐらいの気持ちの様です。

私とて無駄にご飯を食べさせてもらっている訳で恩返しをしたいと思っているのですが外にでることは・・・。

子供会や園児の相手などボランティアに参加するのも両親が願ったからです。

何とかせねばと願いつつも心が悲鳴を上げてしまいます。出来ないと言うことも苦しいです。

三十路さんの苦悩は私のそれとは違うかも知れませんが・・・・少しでも楽になればと願っています。

PS 三十路さんにも届けハッピネスです。

私も鬱になりそうです

>ユキヲさん

こんばんは。

貴重なご意見と励まし、ありがとうございますm(_ _)m

そうですねえ…私ひとりで背負っているわけではなくて、母も背負っているでしょうし、兄も。でも、一番辛いのは父なので、なんとか私も頑張らねばと。
そこが「背負って」いるということなんでしょうか。気負いすぎといいますか。

現状、同居者で父以外に運転免許を持っている者が私しかいないというのも、負担が集中する原因ではあります。
公共交通機関が利用できないと言っていますし。。それくらいはやれよ!って思いますけど、私が運転すれば丸く収まると思って。実際、私もバスや電車は駄目なわけで、人のことは言えないのです。

私が倒れれば、父が強くなるかもしれないと言ってみたことはあります。母は「脅しだ」と私をなじりました。
やらなければ、親不孝者扱いですよ。その罵りを聞いた瞬間、なんかもうどうでもいいや…って。。

実際、父が鬱の状態になってから、私は親を生かすためなら死んでもいいとさえ思っていました。
たぶん私が死ぬまで、「やらなければ親不孝者」「倒れそうと言ったら脅し」という状態は続くんじゃないかと思ってます。

ただ、少し対応を変えてみようとは思ってます。
私なりのSOS…気がつかないんだろうなぁ家族。。。

お久しぶりです。
『自分以外、支える者が居ない』
自分も同じ理由で自分を追い込んで病に倒れました。
病に倒れた結果、自分が一人で支えていると思っていたモノたちは、大した混乱も無く、平常運転で動いておりました。
もちろん、周りの人たちは必死にフォローにまわってくれたでしょうし、大変な思いもしたと思いますが。
たった一人で自分が全部背負うのとは違います。
それぞれの場面で、自分が抜けたコトに影響を受ける当事者が、おのおの対応をするワケで、負担は分散します。
結果として、思った以上に、自分が抜けても世界は普通にまわるのです。
三十路さんが倒れるまで突っ走っちゃうのも、ひとつの方向だと思います。
三十路さんが倒れて抜けてしまえば、お父上は強さを取り戻すかもしれない。お母上は、お父上の病を正面から受け止めるかもしれない。三十路さんが背負っている責任感を、おのおのが分散して持ち、互いに強くなれるかもしれないです。
三十路さんが『自分一人では限界だ!』と声を上げるのもひとつの方向です。

『今』は、今、自分が出来る、今必要なコトだけして、先の心配は後回しにしましょう。

とにかく、自分が生きて。1日でも生きて、生きて、生き抜きましょう。そこさえ間違えなければなんとかなります!

行政にも、頼りましょう。使えるモノは、使わせてもらいましょう。
プロフィール

cure misoji

Author:cure misoji
永遠の三十路(cure-misoji)
狡猾・残忍・獰猛
四十がらみ的な生物
10万4●歳

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