fc2ブログ

都営新宿線とか福島正実さんとか


中卒浪人2年目が決定していた平成元年(1989)4月はじめ。
当時のワシは、今では考えられないくらい元気で、電車に乗ってあちこち出かけていました。
都電の話は前に書いたので、今度は別のネタで。

当時のワシは、いろいろ理由があって都営新宿線という地下鉄によく乗っていました。
電車の行先は、笹塚、京王多摩センターetc.
反対の千葉方面は、まだ本八幡まで開通していなかったかも(?)
市ヶ谷で有楽町線に乗り替えたりしていたので、あまり記憶にないです。

都営の電車よりも、乗り入れてくる京王6000系電車が好きでした。

  

当時は「京王帝都電鉄」と言っていたのでした(現・京王電鉄)。
「京王帝都」の方が格好いいのに。
まあ「帝都」というと、『帝都物語』に出ていた嶋田久作さんが軍服を着て目からビーム出してた
ような、あやふやなイメージしかないのですが。。
「京王線」と言うと、大抵「京葉線?」と聞き返されます。言いにくいよ京王線…

わざわざ京王6000が来るのを待って乗ったりしたもんです。

京王線というと、ワシの中では福島正実さんです。
今では信じられないことですが、昔の本には作家の住所が書いてあったのです。
尊敬する福島正実さんが、京王線沿線に住んでおられたと知って、かの街を歩いてみたのも
良い思い出です。

京王新線経由でその駅まで行って、地図と電柱の地名を頼りに福島さんの
お住まいがあったという街を歩いてみたのでした。
昔といっても、福島さんが亡くなってから13年しか経っていませんでした。
今思えば、13年前なんてついこの前だよなぁ。。

駅からかなりの距離を歩いた記憶があります。
「この道を生前の福島さんが歩いていて、そして今、自分が同じ道を歩いている」
ぽかぽかと暖かい春の高級住宅街。


  

ワシが福島さんとこの世に生きたのは、たった3年余り。
毎年命日には、彼の著書を読むことにしています。
(沖縄海洋博というのが、なんとも時代だ)
書棚には、主に神保町や早稲田の古書店をまわって探し出した「福島本」がいっぱい。
気が付いてみると、ワシも福島さんが阿修羅のように仕事をされていた年齢になっているという。。
なんか駄目な人生を送ってるなぁワシ。

2006年10月、父上の仕事の手伝いとして車で出かけたとき、仕事が終わってからまだ父上は
用事があるというので、ワシだけ篠崎駅で降ろしてもらって、都営新宿線に乗って帰宅しました。

  

本八幡駅に着いてみると、反対の線路に懐かしい京王6000系がスタンバイ。
あまりに懐かしくて、写真に収めました。

6000系は、2011年3月で引退したとのこと。
憧れの福島正実さん、あの日の住宅街。思春期の甘酸っぱい記憶を蘇らせてくれる
この電車がもう無いという事実が、とても寂しくやりきれません。
スポンサーサイト



プロフィール

五十路

Author:五十路
10万4?歳
軽佻浮薄

カレンダー
02 | 2013/03 | 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
リンク
月別アーカイブ
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR