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空の記憶

一番明るい星は金星(14日に金星食)、その上の明るい星は木星。
木星の右の星はアルデバラン(おうし座α)、左上はカペラ(ぎょしゃ座α)
2012年7月29日明け方撮影。



暑い日が続いております。
どうも団地の最上階というのは、熱がこもりやすいようで暑さ倍増です。
早く秋にならないかな…
日の出、日没の方角は、大分南寄りになって来てはいるのだけど。。


最近、学生時代のことをよく思い出します。
夢にまで出て来るんだから、自分にとって学校というのがいかに苦痛であったかが
よくわかります。
まあ、良い事もあったんですけど…目立たないです。

定時制高校の思い出といえば、パニック障害と恋愛沙汰ばかり。
誰それが、彼女を○×に寝取られた上に妊娠、なんて話もあったりして(極端だな

私自身、20歳も年上の女性に夢中になったりとか。ろくでもない。
まあ、若かったのでしょう。今、20歳年上はねぇよ。

そんでもって浪人して、予備校です。
やっぱりあの年も猛暑で、そんな中せっせと予備校に通っていたのであります。
人生で一番勉強した時期かも。
それでも、やはり数学は駄目でした。なにしろ高校でまるっきりやらない範囲まで
勉強しなければならなかったですから。一次変換って何?

英語だけは、死ぬ気で勉強した甲斐あって、高校時代とは比べ物にならないほど
学力がつきました。でも入試が終わったら学力が尽きました。
3月の二次募集でやっと受かったDQN大学、入試が終わった瞬間に英語力も失った。
もったいない…

DQN大学とは言うものの、学生のレベルは高かったです。
クラスの7割が女性という編成のせいもあったかな。。

ええ、成績は良かったです。成績表のほとんどは「優」。
真面目に講義に出て勉強していましたし、ノートもこまめに取っていましたから。
ただ、やはりパニック障害からは逃れることが出来ませんでした。

通学にはバイクを使っていましたが(電車に乗れず…)、途中で気分が悪くなって
道端で休む、なんてことも稀にはありました。
ようやく辿り着いた大学でも、すぐには教室に行けず、一階のロビーで休んでいたりとか。

なにしろ当時は「パニック障害」という病名すら、知らなかったですから。
藪医者には「神経症」「心身症」などと言われ、まず医師から理解してもらえていなかった。

ようやく大学4年になって、この医者は駄目だと気がついて転院した先が、現在通っている
心療内科です。そこで初めて「パニック障害」だと言われました。
薬も良いものが出されるようになり、苦痛も減りました。

クラスの編成が変わって、恋人…みたいなモノも出来てウルトラハッピーだった大学4年。
1999年1月、浦安の高級ホテルの裏の海で、夕日を一緒に見たのが最後の思い出。。
就職も出来なかった私には、故郷へ帰る彼女を引きとめることが出来なかった。腰抜けです。
離れてしまうと、心も離れてしまうもの。
どちらともなく、連絡が途絶えて…。・゜・(ノД`)・゜・。

卒業後、人生の深淵をのぞくことになろうとは…
死の淵で辛うじて留まったこととか、怒涛の2000年代の始まりです。

愛と勇気と血と涙のアドベンチャーは、また機会があったら書きたいと思います。
誰も読みたくない、か。。。ヤメタ
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Author:五十路
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