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愛はどうだ

最近、20歳の頃好きだった辛島美登里さんの歌(YouTube)を聞いて、
苦しかったあの頃の思い出にひたってみた。

ひと言でいえば、「恐怖」。
以前通ってた病院では、自分が「パニック障害」という病気であることも
わからなかったし。なんという藪医者
いつも暗闇の中で吐き気と闘ってる、そんな20歳の青年だった。
パンなんか食べられなかった。。

  

当時の私は、まだ高校生。
本当にいろんな事があったなぁ。22歳年上女性が好きだったり
まだまだ子供だったと、今にして思う。若さ故の過ちが多すぎた。
31歳まで、絶望というものを知らなかったし。

足りなかった努力に対する自省とか、あれはしょうがなかったという諦めとか
マイナスイメージばかりが残ってる。

それでも当時の歌を聴いていると、20歳は人生の春だったと思える。
ああしておけば良かった、こうしておけば良かったと、後悔ばかりだけど。
勿体無いことをした。


高校生の頃の記憶は生々しく残っているにも係わらず、大学生の頃の記憶が
曖昧で、ほとんど残っていないのはどういうわけか。。
Windows95や、70年安保の話を教授が繰り返し喋っていたことだけは覚えてる。
他には…

  

あわあわ。平にご容赦いただきたく。

大学生の頃は、割と幸せだったということかな。
当時、両親が「大学に入ってから表情が明るくなった」と言っていたし。
勿論、大学でも苦しかったのだけど、精神的に落ち着いて、少しずつ大人に
なっていったのかも。
単位を取ろうが落とそうが、全て自己責任だったから、自然と大人にはなると思う。
(26歳で大学を卒業するのと同時に「おジャ魔女どれみ」第1期がスタートして
いたのも、何かの縁かと)

昔のことを思い出していると、必ず吐き気がしてくる。
要するにそれは、「脳から排除したい思い出」だからかもしれない。
思い出せないというのは脳から記憶が消えたのではなくて、思い出さないように
引き出しに鍵をかけているだけなのかも。
むむ…、何だか心理学っぽいぞ。。
私の人生、そんなに忘れたいことだらけなのか。

今考えていることは、自分に与えられた人生を、なるべく後悔しないように
生きようということだけ。もうそれ以外に無いでしょう。ここまで病んでいれば。
この病気は、なかなか完治したという話を聞かないし。
諦めなければならない事柄なら、とっくに諦めた。

一日一日を精一杯生きればそれでよし。
病気であっても、それと上手く付き合って生きればそれでよし。

やつれて死にそうだった私よさようなら。
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Author:五十路
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軽佻浮薄

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